開運、開運というけれど、本当の開運は親子三代かかると言われていて、本当の意味で根底から家の運気をひっくり返すには、それぐらい長年のたゆまぬ努力が必要になるという戒めでもあると思うんですが、この仕事をしていると、人間は不平等な星のもとに生まれているのだと、まざまざとわからされます。
どの時代、どの国、どの親のもとに生まれるかで、環境によってずいぶん人生は左右されてしまう。
さらに、幸福のキャパシティが人それぞれ違うという事なんです。
こうはっきり言ってもらったほうが、現実的で良いかとも思いますが。
金運をたくさん持っている人もいれば、全然お金に縁のない人もいるし、金運が弱くても他の運気が強いとか。いろんなバリエーションがあるわけで。
人それぞれ、宿命の構成要素が異なるので、それを可視化しようと運命学は発展してきたのですよね。
キャパシティが決まっているのに、それ以上のものを貪欲に取ろうとすると、他にひずみがきてしまうとも言われています。
金運を取り過ぎたために、お金は手に入ったけど代償として健康や寿命が減ったり、子孫の運気まで吸い上げて子孫が憂き目をみたりと、いろいろと戒めのお話は昔から語り継がれていますね。欲張ってはいけないんですねー。
そもそも、この幸福のキャパシティを増やすにはどうしたら良いか、というのは大切な話で、開運とはその研究でもあると思います。
この幸福の容量の増大が大変なのです。
方位を使う事も言われますが、時間はかかっても最も安全かつ確実に増やすには・・・
(投資の誘い文句みたい)
徳をつむこと。なるべく陰徳をつむことだそうです。
勘違いされている方がおられるので書いておきますが、陰徳というのは出来るだけ名前も顔も出さずに世のため人のためになる行為をする事です。
名前や顔を出したら陽徳です。何もしないよりはよほど良いと思いますが、こっそり実行されてこそ陰の徳となります。
徳を積むには何をすれば良いですか?と言われるのですけれど、いろいろあります。
人があまりやりたがらない事とか、縁の下の力持ち的雑務とかもありますが、お金に余裕のある人は社寺や困っている人に喜捨もいいし、お金のない人は社寺の掃除をせよ、ともいわれます。
また昔の聖人は便利なものを開発してくれたもので、積善の徳の参考になる『功過格表』というものがありますので、次回はそのお話をしましょう。
長くなったので今日はここまで。