2017年12月16日土曜日

心ゆさぶる二胡の音色

日曜日の朝、こころふれあい紀行という日本の職人さん達の工房を訪ねるテレビ番組があります。

たまたまチャンネルを廻していた時に、魔鏡の職人さんが出ていて、以前魔鏡はもう職人がいなくて作れないのではないかという話を聞いていたので、驚いて番組にかじりついてしまいました。

なくなってしまうと困るのです。

でも若い職人さんがきちんと作られているのを見て、安堵したのを覚えています。

それ以来いつもこの番組を見るようになりました。

この番組の進行役が二胡奏者のジャーパンファンさんで、毎回番組の最後に職人さんに捧げる二胡の音色が素晴らしく、先日初めて生の演奏を聴く機会がありました。

写真はその時の会場の寛永寺輪王殿、黒門のライトアップです。




生演奏の二胡には感動しきりで、あまりにも良かったので帰ってすぐに次のコンサートの手配をしたほどです。

そして昨日、待ちに待った忠臣蔵のコンサートへ行ってきました。

ちょうど浪士達が討ち入りを果たし、亡き主君の墓へその報告をした日だそうです。

野沢雅子さんの朗読をはさみながら、シンフォニックオーケストラと二胡の合奏を聴くという構成でした。

ドラマチックな忠臣蔵が、ますますドラマチックな世界観で、涙腺崩壊必至。

それにしても二胡は不思議な楽器です。

人の声が歌っているような音色は、この世で一番切なさを体現できる楽器ではないかしらん、と思わせてくれるほど切なく情感豊かに心に響いてきます。

年末と言えば忠臣蔵、毎年お涙ちょうだいで爽やかに感動しながら泣くお決まりですが、今年はとても良い忠臣蔵を満喫できました。

本懐を遂げて潔く散った、忠義の浪士たち一人一人の人生ドラマに思いをはせ、その生き方にはただただ感動するばかりです。

年の瀬、明ければまた新しい一年がくるというこの時期に、人が人として立派に生きる事を、命をかけて教えてくれる忠臣蔵。

年末に忠臣蔵を見るのは、ただ討ち入りの日だからということにとどまらないような気がします。

最後に野沢さんとジャーさんのサインを頂いて、握手もしてもらい大満足のコンサートでした。



2017年12月15日金曜日

怖い絵展

上野の森美術館で開催中の『怖い絵展』を見てきました。

連日大混雑との事で、開館後すぐに着いてもすでに長蛇の列で、館内に入るまで相当時間がかかりました。

今回の目玉は『レディ・ジェーン・グレイの処刑』という、若くして斬首されたイングランド初の女王の絵。

彼女が断頭台に頭を載せようとする、その直前の刹那を描いたものです。

一緒に行った姉と、やはり絵画は実物を見なければいけないね、と話をしましたが、実際のこの絵から感じる悲壮感はすごいのです。

処刑寸前の絵という事で怖いっちゃ怖いのだが、それよりもジェーンの目隠しに巻かれた布と頬の隙間から、まだ幼い彼女の悲しみや戸惑い、諦め、孤独感が涙とともにこぼれてきそうで、なんとも言えない悲惨さと憐れみを感じるのです。

広告の印刷では全くわからなかった。

処刑執行人の憐憫に満ちた顔、彼女を断頭台へ導く司祭の優しさ、悲しみのあまり失神する侍女の遠い目も、実物を見なければ体感できなかった。

抗えない残酷さの中で、結婚指輪をはめたジェーンの無垢な美しさが際立って、なんとも言えない悲しさを感じる絵でした。

もう一つの目玉、セイレーンも実物は蠱惑的な美しさで、確かに怖いけど見とれてしまう美です。

今回見れて良かったと思いましたが、展覧会全体的に暗い絵が多く、姉と「家に飾る絵ではないね」などと語りながら帰りましたが、怖さでくくる展覧会もなかなか趣があってたまには良いと思いました。

私は切ない絵は好きなので、ミレーのオフィーリアに早くまた来て欲しいと願っています。

水底に沈みゆくオフィーリアの、恍惚とした表情がまた見たい。 

オフィーリアの口もとからこぼれる、消え入るような歌を聴きたい。

印刷物では聞こえないのです。

本物の絵は生きていると思うことがありませんか?

2017年12月11日月曜日

古札とお守りの交換

中氷川神社の8日の鎮火祭が終わると氷川神社の十日市と続いて、これから年末にかけて歳の締めくくりと新年の準備が忙しくなってきます。

歳代わりには、お札やお守りも今までのものは社寺に納めて、新しいものを新たに戴いてください。

古いお札が何枚もたまってたり、古いお守りをどっさりためているようなお宅は、家の中もゴタゴタしている所が多いです。

ただし、貴重なものやその家の守りでずっとあるようなものは、軽々しく手放してはいけません。

毎年頒布される類のお札、お守りはきちんと納めて新しくしましょう。

年末年始は生まれ変わりをして、身辺をスッキリする時です。

お札は落としたり、バッグに入れたままトイレに入ってはいけません。

穢さないように気をつけてください。

これやると叩かれます。

やむを得ない時には新品のきれいなビニール袋に入れて口を閉じます。

ビニールで汚気を遮断してしまいます。

なるべくお札は頂いたらすぐに家に帰ってください。

ぜひきれいなままで来て頂いて、家の神棚でおまつりしましょう。

2017年12月9日土曜日

火渡り2017



昨日は中氷川神社(中山神社)の鎮火祭でした。

このブログも一番最初にサロンの案内の記事があって、次に去年の火渡りの記事で始まるのです。

一年経ちましたね。

写真の火が収まったら裸足で火がくすぶる灰の上を歩きます。

一年の災いを火で清めて、無病息災を願います。

切りというのは五行でかけていくのですが、火渡りは火で切ります。

滝行は水で切ります。

木は杭打ちしたり、金は銭切りや釘打ちや金属を使います。

土はもともと雑多な性質ですが、おすなとりは土です。

人によって合う切りも異なるので、いろいろやってみてこれが良いというのを見つけます。

2017年12月7日木曜日

夜明けのスカイツリー



このあと右下側から日が昇ります。

毎朝ご来光に礼拝します。

太陽の昇る東がふさがっていると、運気にも発展性がないと言われますが、東が壁でも朝起きてすぐに東を向いて拝むと良いそうです。

生まれたての陽光はとても清々しいので、毎日この光を身体に取り入れるのは、心身をさわやかにしてくれます。

2017年12月6日水曜日

くたびれた赤石

ふだん皆さんが何気なく目にしている、私がいつも鑑定する時に身につけている災い切り用の石は「赤石」です。

石については、福になる石の中から相性の良いものを選ぶようにお勧めしていますが、私は赤石と相性が合って石の反応が良いので、ずっと愛用しています。

赤石は災い切りにはとても良く、伊勢の内宮にも素晴らしい赤石が奉納されていますし、一流のホテルの庭や企業にも上手く使われている所が多々あります。

内宮にあるような佐渡の真っ赤な石は、やはりとても力を出すようです。

昨今、綺麗な赤いものは値が張るので、なかなか入手するのも大変になってきています。

我が家では幸運な事に、かなり前に大きくはありませんが真っ赤な赤石を入手できまして、毎日お水をかけて大事にしています。

身につける赤石は108玉のネックレスと、ブレスレットがあり、少し前にネックレスの糸が切れてしまいました。

もともとグレードの良いものだったので、直してもらってまた使おうと思ったのですが、修理に出しに行ってびっくり。

グレードの下がる新品のものと比べても、明らかに私のは色ツヤが悪く、全ての石が汚くくすんでくたびれ果てていたのです。

毎日身につけていると見た目の変化には気づかなかったのですが、思った以上に災いを受けていた事がわかりました。

当然こうなったら健全な石として再利用は出来ませんので、赤石の背負った災いを流してお別れとなります。

あまりの石の変わり果てた姿に驚きましたが、それだけ働いてくれたとも言えます。

赤石は時折欲しいと言われるので、カルナティーラにも少し置く予定ですが、災いをもらいやすい仕事をしている方にもオススメです。

因縁因果を扱う仕事の、プロユースの石ですので、良いお守りになってくれると思います。

ただし赤石は石自体がけっこう強いのと、災いを受けると重くなるので、ふつうの方には水晶などのほうが無難で良いかもしれません。

2017年12月5日火曜日

モンス

『当たるの?』

『(占いをするか)迷ってんだけど』

以前商業施設のブースで鑑定していた時は、いきなり開口一番こう言われる事がありました。

前者には、「さぁ、どうですかね?」と言い、後者には「迷うくらいならお止めになったらいかがですか。」と言っていました。

前者に関してはなるべくお帰り頂きます。

さすがに、不躾だと思います。

こういう人は飲食店で開口一番「おいしいの?」て聞いてから入るんでしょうか?

美容室で「上手なの?」て聞いてから髪を切るんですか?

「こういう件で占いをしてみたいが初めてで不安がある」とか「厳しい事を言われたらいやだ」「会計が心配だ」とか不安に思う事を言ってもらえれば、私の占いのスタンスはこうですから良ければどうぞとご案内する気にもなりますが。

占いはとてもプライベートな事を話したりしますし、互いの信頼関係(依存とは違う)が大切だと私は思います。

それをいきなり不躾に値踏みするような事を言われてしまうと、私のほうが不審に感じてしまいます。

そうなると建設的な鑑定になりようもないので、先方の態度によっては最初から縁を持たない事もあります。

今はおかげさまで予約制占いサロンという事もあり、リピーター様とご紹介の方が多いので変な事を言われる事はほとんどありませんが。

けれど一番強烈だったのは、まだ占い師になりたての頃、今はなき深夜営業もしていた池袋の場末の鑑定所で言われた言葉です。

通りがかりのおばさんが私の姿を見るなりブースに踏み込んできて、『仏教では占いは魔物の手先なのよ!』といきなり怒鳴られました。

わたくし唖然。

固まる私を横目に文句を言いながら去って行きました。

おばはんのほうがよっぽど魔物だんべ、と言いたいところですが。 

仏教系統の占いもいくつかあるし、一体なんだったのでしょう。

あのおばさんは大したモンスでした。

KARUNA TI LA 占いの小部屋 ブログ終了します

 2015年1月1日に開設したこちらのブログ、ここ数年は放置になってしまいましたが、運営を終了いたします。 9年も経ったなんて、感慨深いですね。 9年前なんて、まだ30代だった・・・(汗) 歴史が詰まっています。(涙) KARUNA TI LAを始めてから、こんなに年数が経ってい...